昔々、お隣の一戸町にある廣全寺に、新しいお地蔵様が来ることになったそうな。
なんでも、大阪で新しく彫られたお地蔵様は、太平洋の海路を船でどんぶらこと運ばれて八戸港へとたどり着き、そこからさらに土車に積まれて陸路をガタゴトガタゴトと、ようやくのことで金田一までたどり着いたんだど。
一本杉のあたりの木陰で一休みして、また目的地の一戸町を目指して、さぁもうひとふんばり。
男たちが再び土車を引こうとした次の瞬間、どうしたことか、土車が全く動かないではないか。男達がどんなに力をめいっぱいに引いてもびくともせず、近くの村人達も手伝ってみんな一緒になって、めいっぱいに引いても全くびくともしなかったんだと。
「これはおかしい!何かの祟りだべ!」
と村人たちは口々に言った。ならばと巫女(イタコ)を呼ばって拝んでもらうと、巫女はこう話したと。
「この金田一の地で村人達から拝んでもらいたいのだ」と。
村人達はたいそう安心して、そのお地蔵様をこの地に祀ることにしたんだと。それ以来、お地蔵様は、この地を安住の地として住み、村人達からもたいそう大切にされていたそうな。
それから、この地に住み続けて150年を過ぎた明治24年、東北本線の開通工事の為に今の場所へと引っ越したのだとか。
このお地蔵様は延命地蔵尊で、目の神様と子供の健やかな成長を願ったお地蔵様であり、昔は遠くから参拝に来る人達でたいそうにぎわったんだと。
金田一の延命地蔵尊様のご縁日は春は三月二十四日、秋は八月二十四日。縁日には、部落の人達が各自手作りのご馳走を持ち寄って夜遅くまでにぎわっていたそうな。そうそう、一戸町の廣全寺には、新しく造られた別のお地蔵様が後から運ばれて行ったんだとさ。